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しかしながら、広域連合の前身である大野広域圏協議会は任意機関であり、文化ホールの設置・運営の事業主体=起債の主体になれないことから、新たな受け入れ態勢を創ることが必要になったのである。 こうした背景のもとで、そして、県や国が一部事務組合の新設は認めないという方針から、残された選択肢は、すでにある大野清掃組合の中に文化ホールの設営機能を加えるか(複合事務組合化)、あるいは、大野清掃組合を取り入れた新たな広域組合を作るかのいずれかであった。しかし、この時期はすでに広域連合制度ができた後であったことから、新たな事業主体として大野広域圏協議会をそのまま広域連合に衣替えをし、広域連合のもとで文化ホールと清掃をまとめて処理する方向で動き出したのである。 (3)大野広域連合の成立過程(その1):県の対応 広域連合制度にもとづく新たな広域機構の設置に当たって、大分県の地方課は自治省と広域協議会の構成自治体に対してどのような働きかけや指導を行ったのであろうか。 (a)自治省との協議 大分県地方課でのヒアリングでの限りでは、広域連合の設置に当たって自治省からの指導はなかったという答えが返ってきた。いうまでもなく国から大分県大野地区に広域連合を設置するようにという指導はなかったという意味で、制度の法的な内容に関しては様々なやりとりがあった。とりわけ、全国で初めての試みということもあり、広域連合の規約や広域計画の策定の仕方といった法技術的な問題については、県サイドから自治省に対して問い合わせをしている。問題は、その際の自治省の応対の仕方であろう。先の当時の地方課長は、以下のように述べている。 「次は、ちょっと言いにくいのですが、今回、初めて広域連合をやりましたので、広域連合計画をどのような形でつくればいいのかということについて、何回か自治省さんのご指導を仰いだわけであります。私どもは、気持ちとしては地方分権の受け皿作り等を行うんだという気構えでやっておりますから、あまり細かくいろいろと指示をいただくと、その自負心が崩れてしまいかねないということであります。今回は初めてでありましたからこちらの方からお願いした面がありますが、今後、広域連合を導入する場合に当たっては、最小限の指導にしていただいたらいいのではないかという感想を持っております」7)。 この発言をどう解釈するかは一概にはいえないが、少なくとも相当に細かい指導があっ
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